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市之町ラプソディ:序文

「老いるのは怖くない。目的をなくすことが怖いのだ。」
大小路に面する熊野(ゆや)小学校の裏手、今月の標語としてそれが掲示されている寺の境内の花菖蒲に雫が滴る。
市之町は今日も、雨。

自己紹介をしよう。
堺市堺区市之町で働きはじめて7年が経つ。
北東には菅原神社(堺天神・堺戎)、妙國寺、本願寺堺別院。
東には方違(ほうちがい)神社、反正天皇陵古墳。
南東には仁徳天皇陵古墳。
南には履中天皇陵古墳。
南西には開口(あぐち)神社、宿院頓宮、南宗寺。
北西には旧堺燈台。
こうみると、歴史に燦然と輝く名勝、パワースポットの中心で働いている。

幼い頃、憧れた職業がふたつあった。
今思うとふたつもあるのか、優柔不断だなとは思わない。
選択肢の多さが眩しく、その若さが妬ましい。

ひとつめは武士。
武士だけに真剣にそう願っていた。武士だけに。
武士って今でいう公務員のことだよね。
司馬遼太郎的な武士っぽいこと言いたかっただけかもしれない。
同僚「作花さん、これからジョイントメディアはどうなるのでしょうか?」
作花(武士)「”どうなる”とは漢(おとこ)の思案ではない。婦女子のいうことだ。漢は、”どうする”ということ以外に思案はないぞ。」
同僚「…はい。」

ふたつめはミュージシャン。
アーティスト、ではなくミュージシャン。
ミュージシャンというかXJAPANに入りたかった。職業、XJAPAN。
こうみえて22歳ぐらいまでは体重55キロ未満だったと思う。
だたお腹は当時からポチャッとしてたように記憶している。
XJAPANには僕の代わりにSGZが入った。

21世紀はインターネットが超新星爆発した凄まじい轟音のなかで幕を開けた。
「アホでもグングンわかるPHPプログラミング」みたいな本を書店で求め、がむしゃら-そうB’zがよく使うがむしゃら-に働いて借金を返した。
いつのまにか周囲とのリテラシの差が開いていて、気が付くと1ヶ月に400時間働くWEBプログラマになっていた。
連勤術師という称号をtwitterでみたことがある。
あのときの僕は最高で最幸の称号、鋼の連勤術師の二つ名を通り越して真理の扉を完全に開いた。
真理を得る代償としてダイエットするための意思の強さを扉の向こうに持っていかれたのだろう。

幾星霜を経て、こういう機会を得た。
努力しなかった自分への気持ちにカタを付けるだけのために今日、このエントリーを書いている。
歴史を知ろうとする。
働く人々の歴史。
ジョイントメディアの歴史。
ジョイントメディアがある、堺の歴史。
”人間にとって、何かしらの物事の成り立ちや経緯・来歴を知ろうとするのは半ば本能的な行為である。”
(引用元 wikipedia)
僕は、歴史とは人が紡ぐ物語であると、人文科学の中でもその基幹であると信じている。
亜光速で膨張しているインターネット・Googleで「歴史とは」と検索すると”人間社会が経て来た流動・変遷の姿。その記録。”という結果が表示される。
さらに、コトバンクではこう表示されている。
”事実が歴史となるのではない。一定の関心、価値判断に基づいて選択された過去の事実が歴史を構成する。”

これから、堺の虚実とりまぜた歴史解説、あるいは、もはや堺とかジョイントメディアとか歴史とか関係ないただの随筆を無許可で記していこう。
エゴなのはわかってる。願わくば僕と一緒にこの狂詩曲を奏でらんことを。
このエントリーは今から未来へ続く、ながいながい戦いのはじまりのはじまり、言うなれば、嫌々行く、職場の飲み会のお通しに過ぎない。
無理に食べなくていい。だが勘定はいただこう。
ジョイントメディアにお仕事を依頼してくれればよいのはわかっていると思う。

市之町ラプソディ_大仙公園 市之町ラプソディ_開口神社 市之町ラプソディ_天神